青梅日日雑記

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「書くことについて」

書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)

巨匠キングによる「小説を書くための『十戒』」。技術的なことは勿論、作家論、小説論に発展して行く。九死に一生を得たドラック渦と交通事故が、彼に及ぼした影響、それによって彼が再確認した「絆」も見逃せない。

キングは云う。何故、小説を書くのか?

「読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生を豊かにするため」

安易な自己満足的作風に陥ることなく、エンターテイメントに徹するキングの作家としての厳しい姿勢、作法は、ある種「修行」にも似ている。一読すると合理的かもしてないが、奥が深く、同時に目からウロコの言である。

「語彙をふやそうと、いたずらに言葉を飾ろうとするのは、ペットに夜会服を着せるようなものである。」

「なんらかの問題意識やテーマにもとづいて書くというのは、駄作のレシピである。」

「小説は三つの要素から成り立っている。ストーリーをA地点からB地点まで運び、最終的にZ地点まで持っていく叙述、読者にリアリティを感じさせる描写、登場人物に生命を吹き込む会話である。」

もちろんこのことは、キングがベストセラー作家のとして、その修行時代、サクセス・ストーリーの中で会得したものだろう。しかし、それが単に彼ひとりの力によるものでないことは、前半の前半生を綴ったコラージュ風の自伝部分でも、わかる。デビュー作「キャリー」に対する、妻タビサの助言は有名な逸話だが、名を成したあと、お決まりともいうべき、ドラック・アルコール依存症の泥沼からの脱出を促したのも、彼女の一言だった。キングは彼女への謝辞を忘れない。作家として成功するには、家族の支えが必要だ、とも断言している。

その上で、キングは何度も云う。何故、小説を書くのか?

「書くということは、時に信仰であり、絶望に対する抵抗であるから」

1999年に自身を襲った交通事故。文字どおり九死から一生を得た彼は、こう答えた。ここにも家族の支えがあったが、そこで見つけたものは、まさにこれ。この心境に達しなかったならば、復活は出来なかったに違いない。そして、もう一つ、次のことも云っている。

「人生は芸術の支援組織ではない。その逆である」

これは「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉と表裏一体。キングが辿り着いた、悟りとも言えるものだろう。

旧版の題名は「スティーブン・キングの小説作法」。あらためてこの新訳版を読むと、それが「スティーブン・キングの文章十戒」と思えてならない。まさに文章、小説を書くための、十の(実際に書かれているのはそれ以上だが)戒め、箴言集である。